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ShanShanの備忘録

中国生活4年目で日々思うこと

腹式呼吸おじさん

 

 

最近の日本ではたぶんマナー違反だと思うことを今日も目撃した。バス車内での通話だ。しかも声が馬鹿でかい。

 

わたしはいつもバスの一番後ろに座って、みんなを観察するのが好きなのだが、今日も一番後ろの特等席を確保した。するとどこからともなくケイタイで通話しているであろう声が近くから聞こえる。おじさんの太い声。

 

誰が話しているんだろうと周りをキョロキョロするもケイタイを手にしている人はいない。

確かに声の大きさからして半径1メートル以内のはずである。しかし、声の主は見当たらない。まさかなぁと思いながら視線をちょっとずつ前にずらしてひとりずつ確認する。

 

違う、違う、違う、違う・・・・・誰?幻聴?こんなはっきりした幻聴ある?

 

そうすると、運転席のうしろに座っているおじさんがなんだか左手にケイタイを手にしている様子。わたしは体を左右に動かし確認する。太い声が笑う、同時にそのおじさんも笑っている。

 

うそやん。この近所から聞こえる声、あんな遠くから発せられてるのん?

 

おじさんの口元を見守るとまちがいない。聞こえる単語と口元が完全に一致する。腹式呼吸により何メートルもの距離のハンディを超え楽々とわたしの耳へ一語一句はっきり届くのである。

 

今日経験したこの出来事、実は初めてではない。むしろ日常茶飯事である。太い声はいつ何時どこにいても聞くことができる。今日目撃したのと同じおじさんがわたしのストーカーでわたしが乗るバスにいつも乗っているのでないかぎり、多くの中国人たちがこの腹から出る太い声を持っていることになる。この中国人の腹式発声法、どうやったら身に付くのだろうか。わたしは中国人と話していてすぐに日本人だとばれるのだが、なまりや文法ミスのせいだけではないらしい。声の出し方が日本人だとよくご指摘いただくのだ。

 

たしかにわたしは声が細い。小さいのではなくて声が細いのである。たぶん首付近くらいから発声しているのだろう。意識したことはないが。

 

中国人はこどもでさえ腹から声を出す。そんな大きな声で話さないでと思うのだが周りの人は全く気にしていない。大きな声ではっきり話すのは耳が悪いせいではない。誠実さの表れなのだそうだ。奥ゆかしさの美についてなんとなく叩き込まれている日本人にとって、大阪人の馬鹿笑いでさえ時に不快であるらしいのに中国人の考え方は衝撃であろう。しかしながら、大きい声は誠実さの表れと思いながら腹式発声している中国人は少ないであろうし、のどあたりから発声していると思われる日本人も奥ゆかしさを常に意識しているわけではないはずだ。こどもの時から周りの人をまねて自然とそういう発声法を習得したのだと思う。

 

こんなところまで人は他の人からの影響を受けるのかと改めて気づかされるのである。

 

『自分は他人から影響なんか受けない、わたしはわたし。周りの人に流されたりしない。自分の道は自分で決める!』と母にかみついていた中学時代の自分に言ってやりたい。

 

人は知らず知らずのうちに呼吸するように影響を与え合って生きているのだよ。声の出し方ひとつでさえ影響されてしまうのだから。だからこそ自分のまわりに何を置くか、どんな友達を選ぶかが大切になってくるんだよね。

 

腹式おじさんの太い声はわたしを思春期の思い出にまで連れていった。遠い昔に思いを馳せている中ふと我に返り慌ててバスを降りたのである。