そうだ台風
そうだった。
二、三日前にふと外を見ると向いのマンションの屋根を歩いている人がいて、ついつい双眼鏡を手にしてしまったんだった。
なにやら長いロープを手に16階だてのとんがり屋根を、そこらへんの道を歩くように身ひとつでウロウロしていた。モサだなぁって思いながらカフェオレ飲んだんだった。
そして今、外を見ると電飾がついていた。
あ、あの人電飾直してたんだ。
そういえば台風前はこんな景色だったなぁってぼんやり外を眺める。
そう、忘れもしない、数か月前スーパー台風がこの街を襲った。
その日は日本から戻ってきた2日後だった。
日本での仕事を切り上げて4日間だけ戻ってまた日本というスケジュール。
そのたった4日の間に台風に狙い撃ちされたのだ。
この街にはナントカカントカっていう守り神がいるらしい。そのおかげで台風はここ何十年来たことがないと中国人が言っていた。守り神を信じてはいないが、何十年来てないというのは事実なんだろうという安心感からいつも通り眠りについた。
しかしその晩、深夜3時ごろすごい轟音と共に目が覚めた。
うん?
耳がツーンと痛い。部屋の中の空気がぐるぐるしている。これは室内の空気ではない、外の屋外のにおいがする。わたしは外で寝ているのか?寝ぼけながら考えた。
あ、窓の隙間・・・
あれほど閉まらない窓を憎んだことはなかった。
風圧がすごくて立つこともできない、室内なのに。まるで外!もう外!完全に外!
携帯がピーンと鳴る。政府からのメールだった。
「スーパー級の台風が我々の街に上陸します。台風の動きに注意し、早めに防災準備を始めてください。」とご親切に教えてくれていた。
言われんでも分かるけどな。防災って・・もう到着してるし。
と携帯に向かってつぶやいてまた耳がツーンとする。
ただ台風が過ぎるのを布団にくるまり待った。
うっすら明るくなった頃恐る恐る外を見てみると
ガーン。
こんなん見たことない。とにかくめちゃくちゃである。すごいビフォーアフター。街がぐっちゃぐちゃ。部屋もぐちゃぐちゃ。
最悪だ。翌日には日本に帰らなければいけないのに。
半分思考が止まった状態で部屋から出ると、ボンドさんがやけに嬉しそうにリビングをウロウロしている。
困った顔をしているがわたしは知っている、その顔の裏には非日常が楽しくてしょうがないワクワク感が潜んでいるのを。
その後、わたしの静止を振り切り彼女はパトロールに出かけた。
さて、どうしよう。
日本に帰れない。飛行機は飛ぶのか?そもそも空港はあるのか?
停電。断水。WiFiも携帯のアンテナもやる気なし。最悪である。
その後WiFiを求めて彷徨い、看板が吹っ飛んで休業したスタバのドアに張り付いて会社になんとか連絡し、飛行機が飛ぶのか飛ばないのか情報収集に励んだが収穫はなかった。
その後も、冠水した道路にうっかり浸かってしまったり、冷水シャワーとか、鬼の19階上り下りとか、まぁいろいろあったんですが、書くと長くなるので割愛。
無事に二日遅れで飛行機に乗り、後発の台風を追い越して帰国したのだった。
その後日本で、遅れてわが街にやってきた台風を迎え、二回も台風に狙われた一週間となったのであーる。
日本での仕事を終え、また戻ってきたら悲しいほどに台風の爪痕が。
好きだった大きな木もなくなって、台風に連れてこられた物もまだそこらへんに散乱。
そんな風景にも慣れ被災したことを忘れかけていた今日、めでたく向かいのマンションの電飾が復帰した。
復帰おめでとう、電飾。おかえり、電飾。
とってもスローな復興を19階の窓から双眼鏡片手に見守るのである。